2023年5月31日水曜日

2023.5.28 牧師室便り

 ~生み出す教会 ~

 ペンテコステおめでとうございます!!!

2000年前の今日は、主イエスが約束された聖霊を待ち望み祈っていた120人の弟子たちの群れの上に聖霊が降られて教会が誕生した喜ばしき日です。

ペンテコステの聖霊降臨を経験した弟子たちは主イエスの預言の言葉通り、エルサレムからサマリア、地の果てに至るまで福音の証人として死をも恐れず出かけることになります。

聖書はエルサレム教会から始まった証人たちが、行く先々で、驚くべき御業と共に、教会を建て新たな弟子たちを誕生させたことを描いています。すべての働きの源こそ、「あなたがたに聖霊が降ると力を受ける」と約束された通りであり、聖霊は弟子たちに語る力、癒す力、忍耐する力、愛する力、幻を見る力などを与えられ福音伝道を確かなものとされたのです。そして聖霊の働きは地域と時代を超えて現代のキリスト教会にも同じく発揮されています。

しかし、現代社会においては、科学や理性が重要視されるにつれて、聖霊の働きを聖書時代のみに限定し、単なる人間の内側のエネルギーに過ぎないという流れが大きくなってきたのも事実です。

私たちの教会はいかがでしょうか。聖霊は生きて働かれていますか。神の家族の皆さんは、生活において聖霊の臨在を味わいながら過ごしているでしょうか。キリスト者を聖霊が宿っている神殿であると呼びますが、それにふさわしい礼拝者としての生活を献げているでしょうか。

聖霊が生き生きと働かれる教会であるか否かを判断する一つの基準に、その教会が主イエスの弟子を生み出しているかどうかがあると思います。

昨日、山形教会では、小泉町教会出身の宮田祐亮師の牧師就任式が執り行われました。宮田師の存在こそ、聖霊がわが教会を愛し働かれている証しです。これからも新たな働き人を生み出す教会として、聖霊に満たされつつ福音伝道に励みましょう。シャローム!




2023.5.28 本日の宣教

『 われ何をもちて、これに応えん 』   (使徒言行録2章37~39節)

「主はわがために血を流し、今も恵みを与えたもう。われ何をもちて、これに応えん。われ何をもちて、これに応えん。」先週の教会学校成人クラスの聖書の学びは、ローマの信徒への手紙3章7~25節「内在する罪の問題」の個所でした。24節「わたしはなんと惨めな人間なのでしょう。死に定められたこの体から、誰がわたしを救ってくれるのでしょうか。」という言葉を読んだ時に、私の心に、新生讃美歌300番「罪ゆるされしこの身をば」の繰り返しの一節が心に響いてきました。

さて、今日はペンテコステ(聖霊降臨日)です。イースターから50日目に、キリストの弟子たちの上に天から聖霊がくだり、教会が誕生した日です。罪に囚われ死に定められた私たちが、罪を悔い改め、聖霊によって罪から解放され、永遠のいのちの希望を与えられたのは、ペンテコステがあり、教会を通してイエス・キリストの十字架の愛を知ったからです。2千年という時間と世界という空間を超えて、福音は今も私たちに福音の希望をもたらしてくれています。

ヨハネの福音書16章でイエス・キリストは、聖霊の降臨と働きについて弟子たちに、そして、私たちに語っておられます。13節「真理の霊が来ると、あなたがたを導いて真理をことごとく悟らせる。」この個所を理解することは、極めて難しいことです。頭で理解することは、できないかもしれません。人生を通して、この真理が心に刻まれていくのかと思います。

 聖霊降臨は、イエスが十字架にかかり、使徒たちが恐怖でイエスのもとから逃げてしまい、3日目に復活したのちに40日にわたり彼らのもとに現れ、神の国について話されたのち、「あなたがたの上に聖霊が降ると、あなたがたは力を受ける。そして、エルサレムばかりでなく、ユダヤとサマリアの全土で、また、地の果てに至るまで、わたしの証人となる。」(使途1:8)と言われた通り、イエスは天に上げられ、五旬節に集まった使途や弟子たちの上に起こりました。使徒たちは、イエスが捕らえられ、十字架にかかるという現実に直面し、自分たちも捕らえられて殺されてしまうのではないかという恐怖に囚われてしまいました。イエスが十字架の死を事前に使徒たちに伝えた時に、使徒たちは、頭では決してイエスを裏切るようなことは死んでもしないと考え、イエスと共にどこまでもついていくと語っていました。そのような辛辣で悲しい出来事とイエスの復活の喜びの経験を経て、聖霊の降臨によって力強く、世界に福音を伝えていきます。

 先週、ズームというコンピューターのオンライン会議システムを使い、世界のYMCAの退職者約100人が参加し、様々な言語の人たちがウクライナとヨーロッパの総主事を通して、ウクライナ戦争でのYMCAの活動報告を聞き、平和を祈りあいました。この時にペンテコステでペトロが語った言葉(使途2章39節)が浮かびました。このYMCAの人たちも「われ何をもちて、これに応えん。」と人生を通して願うイエスの弟子たちです。

                                                                                島田 茂


2023.5.28 小さな泉の恵み

 今、私は国際協力関係のNPO法人でアルバイトをしています。技能実習生への暴行事件が岡山県で起こってからは、外国人の労働環境についての調査が中心になってきました。海外の動向を調べていると、ビルの清掃員の労働条件改善を求める「ジャニターに正義を」の運動や、最低賃金として時給15ドル以上を求める「fight for $15」の運動、そして、農村部の失業者に年間100日の仕事を与える「マハトマ・ガンジー全国農村雇用保障法」などなど・・・興味深い取り組みに出会うことができました。

こんなところで、ガンジーに出会えて嬉しかったです。インドに今でもガンジーの思想が根付いていますね。

移民や非正規雇用者が不遇な状態に置かれているのは、世界的な傾向ですが、少しでも状況をよくしようとする運動も世界各地で起きています。日本でも多くの人が声をあげています。

ただ、技能実習生への暴行の映像を見ていると、弱者をいじめてストレスを発散する職場内での大人のいじめも少なくないようです。いじめで憂さ晴らしをしないで、辛い状況をみんなの課題として、仲間を作って声をあげていく方向に、人々の意識が向かうようにするにはどうすれば良いのだろう・・・と考えていると、やはり、イエス様を伝えるしかないと思わざるを得ません。

 「わたしはこの最後の者にも、あなたと同じように支払ってやりたいのだ。」(マタイ20:14)と語られる神様の御心を伝えていきたいものです。        

                               K.K.姉         


2023年5月21日日曜日

2023.5.21 牧師室便り

 ~ 今年の夏が怖い?! ~

先週の日本列島はラニーニャ現象によって突然の真夏日になりました。5月中旬なのに30℃を超えることになると今年の真夏にはどこまで気温が上昇するでしょうか。一瞬、暑さへの恐怖に包まれてしまう私でした。特に、突然の真夏日を説明するニュースを見ると、“ラニーニャ現象によるものだと言われていました。私たちが気温の関係でよく耳にする自然現象の言葉は”エルニーニョとラニーニャ“でしょう。

 気象庁のホームページを見ると、「エルニーニョ現象とは、太平洋赤道域の日付変更線付近から南米沿岸にかけて海面水温が平年より高くなり、その状態が1年程度続く現象です。逆に、同じ海域で海面水温が平年より低い状態が続く現象はラニーニャ現象と呼ばれ、それぞれ数年おきに発生します。エルニーニョ現象やラニーニャ現象は、日本を含め世界中の異常な天候の要因となり得ると考えられています。」と載っていました。

とりわけラニーニャ現象が発生した場合、日本付近では夏の気温が高くなり猛暑となる傾向があるそうです。

今現在、世界規模の異常気象がさらに激しくなっています。インドや南アジアの方はすでに40℃~50℃を超える猛暑が続き、スペイン、カナダ、タイなどは例年に比べ、極端に雨が少なくなり、自然発火による森林火災が後を絶ちません。その他、豪雨による洪水、低温による被害など、地球温暖化がもたらした厳しい変化に振り回されている現状です。それに加え、世界各地で起きている地震活動に心細くなっている近頃です。

それでは、どうすればいいでしょうか。ただ恐れと不安に包まれて生きるべきでしょうか。それでなければ、過去の快楽主義者たちのように“どうせ滅びるんだから快楽を極めようではないか!”と過ごすべきでしょうか。

 “マラナ・タ(主よ、来たりたまえ)”と唱えつつ、“キリエ・エレイソン(主よ、憐みたまえ)”と人々の救いのために執り成すべきでしょう。シャローム!




2023.5.21 本日の宣教

 『 立ち上がらせる聖霊 』 (使徒言行録3:5~10)

主イエスは天に上げられる前、弟子たちに大切な約束をされました。「エルサレムを離れず、前にわたしから聞いた、父の約束されたものを待ちなさい。ヨハネは水で洗礼を授けたが、あなたがたは間もなく聖霊による洗礼を授けられるからである。(使徒1:8)」

この約束の御言葉に従い、弟子たちは一つの場所に集まり祈り続けていたことを聖書は教えます。そして五旬祭の日が来て、祈っていた一同の上に、突然、激しい風と共に聖霊が降ってきました。その後、弟子たちは今まで経験したことのない聖霊による圧倒的な力に満たされることになります。

弟子たちは、主イエスの十字架を前にして逃げてしまい、主イエスが死より復活され彼らの目の前に現れても、恐れと弱さのゆえに引きこもっていたことを使徒言行録は記しています。 しかし、彼らの上に聖霊が降られたことで、全く新しい人に変えられていきます。昨日までの弟子たちを覆っていた恐れと弱さは消え去り、死をも恐れることのないキリストの証人として新しく生まれ変わることになったのです。弟子たちは閉じてあった門を開けて、人々の前に立つことになります。そして大胆にイエスはキリスト、メシアであるということを宣べ伝えます。

さて、本日与えられている使徒言行録3章では、使徒ペトロとヨハネが神の力によって足の不自由な男を癒す出来事が描かれています。この奇跡的な出来事は、聖霊降臨(聖霊によるバプテスマ)を体験し、聖霊に満たされている教会の力と働きがいかに素晴らしいものであったのかを示すしるしとなりました。聖霊に満たされた教会は、神の力を通じて人々に新しい命をプレゼントし、社会的な変化をももたらすことができます。その出来事の象徴的な言葉こそ、「立ち上がる」という言葉ではないかと思います。「わたしには金や銀はないが、持っているものをあげよう。ナザレの人イエス・キリストの名によって立ち上がり、歩きなさい。そして、右手を取って彼を立ち上がらせた。(3:6~7)

聖霊は、まず恐れと弱さの中で倒れていたペトロとヨハネを立ち上がらせました。そして彼らに信仰と勇気を与え、足の不自由な男性を奇跡的に癒し、彼をも立ち上がらせたのです。この出来事は、教会が聖霊の力を通して社会的な変化をもたらすことができることを示しています。ペトロはその後、「主イエスの名のほかに救いは得られない」ということを民の前で、さらに、大祭司・議員・律法学者たちの前で大胆に宣べ伝えます。そこで、ペトロとヨハネは捕らえられることになりますが、もう彼らを覆っていた恐れは存在しませんでした。なるほど聖霊によって立ち上がらせられた教会は、信仰と勇気をもって神の言葉を伝え、奇跡を行い、人々に神の愛と救いを示す証しとなります。このような証しは、聖霊の力と働きを体験し、信仰を持つ他の人々を引き寄せ、教会の成長と影響力をもたらすことになります。

聖霊は命です。すべてを新しく創造し、御心のままに変えていかれる神です。聖霊が私たちのうちに来られると、私たちの内側から新しい創造が起こり、大胆な証し人へと変えられます。さらに聖霊は、私たち小さな群れを用いて世界を変える夢を抱かれることでしょう。私たちを立ち上がらせる聖霊を讃美しましょう。ハレルヤ!


2023.5.21 小さな泉の恵み

 ~「小さな泉の村」通信~

小さな泉のみなさんへ

いままでいろんなことを教えてくれて ありがとうございました。

おべん当作りが楽しかったです。

おわかれの会に歌を聞かせてくれたりプレゼントをくれたりして、ありがとうございました。美月が帰ってくるまでつづけていてください。これからもがんばってください    美月より

この手紙を送ってくれた美月ちゃんは、今年の4月に、お父さんの仕事の都合で、中国の上海に旅立っていった小学3年生の可愛い女の子です。

彼女は、私の友人のお孫さんで、昨年からほぼ休むことなく、毎月、この会を楽しみにし、積極的に「小さな泉の村」に参加していました。とても利発なお子さんで、その小さな体で、大人に混じって一生懸命に料理をしたり、お弁当箱に詰めたりして、一人の働き人としても頼もしいものがありました。特に閔家のスルギちゃんと一緒に奉仕する姿は、私たちの心に灯りがともったように、周りを和ませ、喜びを与えてくれていました。                     

イエスさまが集めて下さった様々な年代の人々が集い、イエス様の愛を真ん中に確かな想いを持ち続け、これからも活動が続けられますように。

美月ちゃんが帰るその日には、笑顔で再会できますようにと祈った「泉の村」8年目の4月でした。 

                                   S.Y.姉

2023.5.14 牧師室便り

 ~ 道端での祈り ~

 コロナパンデミックが始まって以来、顔と顔を合わせることも、手を合わせて祈ることもできなかった瀬戸登喜雄兄との交わりが、たったの5分だけでしたが、3年半ぶりにありました。

 コロナ以前はほぼ月に一度の割合で入院されていた介護施設を訪問し、共に顔と顔を合わせ、讃美したり、手を組んで祈ったり、「アーメン」と声を合わせたりしながら交わっていましたが、コロナ下の3年半の間は対面による面会ができなくなってしまいました。その間、瀬戸兄の健康状態は悪くなり、済生病院に緊急入院をし、再び協立病院に戻り治療を受けることになりました。最初、済生病院に緊急入院した時は、生命の危機的状況にあるとの診断が出されたこともありましたが、奇跡的に回復され、先週11日(木)に誠友病院に転院することになりました。瀬戸兄を守ってくださった神と執り成してくださった神の家族の祈りに感謝します。すべてが恵みでした。

 コロナ下の3年半の間、何より不安だったのは目で見て確認することも、共に祈ることもできないで、ただ病院側からの知らせに頼るしかなかったということでしたね。その間、瀬戸姉とご家族はいかに辛かったことでしょうか。

 そして、協立病院から誠友病院へと転院するために移動する間の道端での僅か5分だけではありましたが、瀬戸兄のお顔を拝見し、手を合わせて祈る恵みのひと時が許されました。

3年半ぶりの短い触れ合いでしたが、瀬戸兄はしっかりと私のことを覚えられ、祈りと讃美に涙をもって応答してくださいました。だいぶ弱っておられ、声は出せませんでしたが、触れ合いによる主にある交わりが許されたことを感謝します。ぜひ、コロナによる面会制限が解除され、以前のような祈りと讃美による触れ合いができ、瀬戸兄が霊肉共に回復に向かうようにお祈りくださいね。加えて、山口姉との面会も許されるようにお祈りください。

日々、人知を超えた主の平和と恵みが神の家族の上に豊かに注がれますように…。シャローム!