2020年2月5日水曜日

2020.2.2 牧師室便り

~ 嫌悪と差別を乗り越え ~

 中国の武漢市で発生した新型肺炎(新型コロナウィルス)のため、世界中が連日騒いでいます。その感染の広がりが、今までのどんな感染症よりも速いと言われていて、今まで数万人がかかり、数百人の人が命を落としたと報じられています。そのため中国政府は、人口1100万人の武漢市を封鎖し、海外への団体旅行をも禁じるなど対策に追われていますし、世界の国々でも、中国人の入国を断っている状況です。もちろん、このような対策は、やむを得ない現実的選択であると言えましょう。

 人類の歴史上、数えきれないほどの感染症が現れたり消えたりを繰り返していて、多くの人の命を奪ったり、経済的にも多大な被害に遭ったりしていたことを覚えています。2010年代だけにしても「エボラ出血熱、SARS 、MERSコロナウイルス、ジカ熱…」などが大きな被害をもたらしました。これに対し、WHOをはじめ、世界の国々は感染症が現れた時からワクチン開発に力を注ぎつつ、乗り越えてきたわけであります。

 ただ、ここで押さえておくべきことがあります。それによって、特定の国や地域の人への嫌悪や差別も大きく膨らむということです。感染症の広がりよりも、特定の国や地域の人々を侮辱するような嫌悪や差別の雰囲気の広がりのほうが強力かもしれません。ただ該当する国や地域の人であるということだけでいじめられ差別を受けるような出来事が国や民族、人種に関係なく見られます。

今こそ、互いに支え合い協力し合って乗り越えるべき時です。世界のどの地域、どこの国も自然災害やテロ、戦争、感染症などから完全に守られているところはなく、いつ自分の国や地域が被害に遭っても、おかしくない時代を生きていることを心に留めましょう。とりわけ神の福音こそ、限られた人だけでなく、今を生きる世界のすべての人に届けられるべき、差別も、分け隔てもない恵みの知らせであることを心がけながら歩みたいものです。シャローム!

2020.2.2 本日の宣教

『小さな信仰がもつ力』 使徒23639)       

ペトロは聖霊を受け、福音を大胆に伝えます。集まっていた人々はペトロの宣教を聞いて大いに心を打たれたと聖書は記しています。そうです。福音は、人の思いをはるかに超えて働く力をもっています。その人が誰であっても真の福音に触れ、福音を心に受け入れるのであれば、そこには大きな変化がみられることになるのです。

  それでは、ペトロが語った福音とは何でしょうか。「神の独り子イエス・キリストが十字架の上で私たち罪人のために血を流し死んでくださったこと、そして主イエスが死より復活され、永遠の救いの道を開かれたこと、そして主イエスは天に昇られ、主イエスを慕い求める人に聖霊を注がれる」という良き知らせでした。その良き知らせを聞き、心から信じる人は救われるのです。

  そこでペトロは、集まっていたユダヤ人たちに、「あなたがたが十字架につけて殺したイエスを、神は主とし、またメシアとなさったのをはっきり知りなさい!」(36節)と迫ります。すなわち、神が旧約聖書で約束され遣わしてくださった救い主メシアを「あなたと私が十字架につけて殺してしまったのだ。私たちは、みんなメシアを殺した殺人者なのだ。」と告白しているのです。はじめてこの言葉を聞いたユダヤ人たちが受けた衝撃は、想像を絶するものだったに違いありません。しかしペトロはそこにとどまりません。「あなたと私が十字架につけて殺した救い主を、神は復活させられた。そして復活なさった主イエスは、天の神の右に上げられ、そこから聖霊を注いでくださり、今もあなたと私を導いておられるのだ。」と。

37節で、ユダヤ人たちはペトロの言葉を聞いて「大いに心を打たれた」と記されています。「大いに心を打たれ」という表現は、良心の呵責からくる強烈な感情を表します。その上、彼らは「わたしたちはどうしたらよいのですか」という叫びをもって尋ねます。まさに目からうろこが落ちたかのように、自分たちがメシアを殺してしまったという罪深さを悟らされたことによる叫びです。このような反応は今日も十字架の恵みに触れた人に見られる姿でしょう。

最後にペトロの答えに注目しましょう。「悔い改めなさい。めいめい、イエス・キリストの名によってバプテスマを受け、罪を赦していただきなさい。そうすれば、賜物として聖霊を受けます。」(38節)…罪人が主イエスを救い主と信じ、バプテスマを受けるためにまず求められる姿こそ、悔い改めです。人は悔い改め、主イエスの名によってバプテスマを受けます。悔い改めない罪人は、決して主の前に立つことも、救われることもありません。悔い改め主の名によってバプテスマを受けた者は聖霊を受け、聖霊との交わりの中で日々感動を生きるようになるのです。

“口でイエスは主であると公に言い表し、心で神がイエスを死者の中から復活させられたと信じるなら、あなたは救われるからです。”(ローマ10:9)に書いてある通り、私たちが持っている信仰は小さいけれど、日々、口と心で主イエスの福音を確かなものとして証しできますように、また、世界のすべての人が、福音に触れ、福音からくる感動で満たされますように…。ハレルヤ!

2020.2.2 小さな泉の恵み


「天からの恵みを待ち望み」
  
この異常気象で今年の冬は全くもって雪がありません。冬の間はスキーの活動をしているYMCAとしては大きな痛手で、予定していたプログラムを中止せざるを得ない状況になっています。プログラムが中止になると休みになって教会に行っているので、何とも言えない心境のまま活動の中止の連絡を参加者の皆様にするために電話掛けをしている上司を横目で見ています。雪がないせいでスキーができないことだけならまだいいのですが春になって雪不足が原因何か問題が出ないか心配です。天気予報では2月は例年通りの寒さになるとのことなのでそこで何とか雪が降ってくれるといいのですが…
神様が荒野でマナを天から降らしてくださったように富山の地にも雪を降らしてくださるように祈っています。    
                    S.H.兄