2026年9月28日月曜日

2026.9.27 牧師室便り

 「 生きた礼拝を献げよう 」     

詩篇は、もともと礼拝のために書かれ、メロディーを加えて賛美として歌われてきた歌集です。そこには人間の喜び、悲しみ、苦しみ、怒りなど、人生のあらゆる感情が描かれています。しかし、そのすべての底には、創造者であり救い主である神への信仰が流れています。だからこそ、詩篇は賛美そのものであると言えましょう。

私自身、音楽を正式に学んだわけではありませんが、聖書の御言葉を黙想する中で何度もメロディーが心に浮かび、賛美が生まれた経験があります。自分の信仰告白とも言える御言葉に出会った感動が、自然に賛美へと変えられました。聖霊が与えてくださる感動に導かれて、賛美が形になったのです。

礼拝は教会の存在そのものです。教会は伝道のため、祈りや交わりのためにも存在します。しかし何より、神を礼拝する場所です。私たち自身と教会共同体を神にお献げすることが、教会の大切な使命です。

だからこそ、礼拝が形式的になったり、マンネリ化したりしてはいけません。毎回の礼拝を、生きた礼拝として神に喜ばれるものにしたいのです。

そのために、小泉町教会の一人一人が御言葉からオリジナルの賛美を生み出し、その賛美をもって神を礼拝する群れになってほしいと願います。特別な音楽の知識や技術がなくても、御言葉に心を動かされ、聖霊によって与えられた感動を言葉にするなら、それは主への賛美となるでしょう。

常に御言葉に親しみ、黙想し、聖霊の感動を受け取りましょう。そして主から与えられた賛美をもって、共に生きた礼拝を献げましょう。

私たちの毎週の礼拝に、涙があり、喜びがあり、感動がありますように。天と地が一つにつながるような礼拝を、心を合わせて主にお献げしましょう。

シャローム。


2026.9.27 本日の宣教

 『 御言葉で祈り讃美する 』  

コロサイの信徒への手紙3章16節

私たちの信仰生活の中心には、祈りと讃美があります。嬉しいときには自然に神を讃美し、苦しいときには神に祈ります。しかし、今日の御言葉は、祈りも讃美も、私たちの心の中に「キリストの言葉」が豊かに宿るところから生まれることを教えています。

パウロは「キリストの言葉があなたがたの内に豊かに宿るようにしなさい」と勧めています。「宿る」という言葉には、ただ一時的に訪れるのではなく、そこに住み、生活するという意味があります。つまり、御言葉を日曜日に聞くだけではなく、私たちの日々の生活の中に迎え入れることです。

私たちは、ときに自分の思いを中心にして祈ります。「こうしてください」「これを与えてください」と神に願います。それは決して悪いことではありません。しかし、御言葉が私たちの内に豊かに宿るなら、祈りの言葉も少しずつ変えられていきます。「主よ、あなたの御心を教えてください」「あなたの御言葉に従う力を与えてください」と祈るようになるのです。

御言葉は、私たちの祈りを整えます。そして同時に、讃美を生み出します。

人生には、讃美できないように思える日があります。病や不安、悲しみ、失望の中では、喜びの歌を歌うことさえ難しくなります。しかし、そのようなときにも御言葉は私たちに語りかけます。「神はあなたを見捨ててはいない」「キリストはあなたと共におられる」と。 だから私たちは、自分の感情だけを土台にするのではなく、神が語られた御言葉を土台として讃美することができます。讃美とは、何も問題がないから歌うものではありません。問題のただ中にあっても、なお神を信頼するときに生まれるものです。

そしてパウロは、「詩編と賛歌と霊的な歌によって、感謝して心から神をほめたたえなさい」と勧めます。ここには、御言葉を受けた者同士が、互いに教え、励まし合う姿があります。私たちの祈りと讃美は、自分一人のためだけではありません。教会共同体の誰かの心を支え、誰かに神の愛を思い起こさせるものにもなるのです。

そうです。御言葉が心に宿るとき、祈りが変わります。讃美が変わります。そして、私たちの生き方そのものが変えられていきます。

今日、私たちの心に御言葉を迎えましょう。聖書を読むとき、ただ知識を得るだけではなく、「主よ、この御言葉を私の祈りにしてください」と願いましょう。そして、喜びの日にも、涙の日にも、御言葉を口ずさみながら「あなたをほめたたえます」と神を讃美しましょう。

私たちの内にキリストの言葉が豊かに宿るなら、祈りは神との交わりとなり、讃美は信仰の告白と変わるでしょう。御言葉によって祈り、御言葉によって讃美する、そこに、キリストと共に生きる幸いな人生が成就されるのです。   

ハレルヤ!


2026.9.27 小さな泉の恵み

 

日々、日常生活を送っていると、爪が伸びることがあります。

以前、指先に爪が食い込んで折れ、指先が化膿したことがありました。その際には、看護師さんや医師に爪を切ってもらうことになりました。私は障がいがあるため、医師が爪を切ってくださったのです。

1998年頃、総合病院に通院していたときにも同じように指先が化膿したことがあり、今回で二度目の出来事になります。そのときも、最初は医師が爪を切ってくださいました。

また、最近では、厚生労働省の取り決めにより、医師や看護師が爪を切る場合には3,000円が一律にかかると聞いています。

高峰クリニックでの出来事も含め、これまで医療関係者の皆さんに支えていただいたことに感謝しています。

去る2026年7月31日、富山生きる場で御手洗いをしていたとき、携帯電話が鳴りました。急いで携帯電話のある方へ向かおうとしたところ、足元から激痛が走りました。私は歩くことができず、尻ずりになりながら電話のところまで行き、その後、電動車椅子に乗って二口町のアパートへ戻りました。

送迎していただき、青山整形外科クリニックで診察を受け、レントゲン撮影をしました。その後、骨を3D画像で見ることができました。

私は「骨折ではないか」と思っていましたが、診断は捻挫でした。

今回も大事に至らなかったのは、イエス・キリストのおかげだと感じています。心から感謝申し上げます。

そして、皆さんが祈ってくださり、温かく抱きしめてくださったことにも、心から「ありがとう」と申し上げます。(^人^)

                         M.T.兄


2026.9.20 牧師室便り

 「 心に刻まれた御言葉を、賛美に 」 

次週の礼拝では、賛美大会を開きたいと思います。一人で歌っても、二人で歌っても、グループで歌っても構いません。それぞれが日々の信仰生活の中で体験した神様の恵みを、賛美を通して証ししていただきたいと思います。そして、その賛美に関わる出来事や証しを短く分かち合ってください。

もともと私は、9月が教会学校月間でもあるので、「今月の暗唱聖句」などを用いて聖書暗唱大会を開こうと考えていました。しかし、私たちが親しんできた聖書の翻訳は一人ひとり違います。新共同訳、新改訳、口語訳、新改訳2017、聖書協会共同訳など、それぞれが愛用している聖書があります。そして、長い信仰生活の中で心に刻まれ、暗唱している御言葉も、それぞれの翻訳によって表現が違います。

ですから、皆さんの聖書の言葉を一つの翻訳に合わせる必要はないと思いました。それぞれがこれまで親しんできた聖書を、これからも大切にしてください。

それぞれの翻訳には特徴があり、長所もあれば限界もあります。どの訳が一番だと決めることはできません。大切なのは、御言葉を愛し、日々口ずさみ、心に蓄え、その御言葉とともに歩むことです。
また、他の人が違う翻訳を使っているからといって、裁いたり、変えようとする必要もありません。むしろ互いの違いを大切にし、それぞれの信仰の歩みを見守り、喜び合いたいと思います。
教会とは、違いがなくなる場所ではなく、さまざまな違いを持つ私たちが、キリストの愛の中で受け入れられ、一つとされていくところです。それこそ神の国であり、イエス様が望んでおられる信仰共同体の姿ではないでしょうか。
次週は、一人ひとりの賛美と証しを通して、神様の恵みを共に喜びましょう。皆さんの賛美を楽しみにしています。シャローム。

2026.9.20 本日の宣教

 『御言葉を身につけて生きる』  

                              申命記6章4~9節

今月は教会学校月間ということで、御言葉に対する私たちの姿勢について考えてみたいと思います。

私たちの父なる神は、昔も今も、神の子どもたちに向け「シェマ(聞け)」と、愛に満ちた切なる声で私たちに呼びかけておられます。それでは、その声を聞く者に何が必要なのでしょうか。それこそ、「心を尽くし、魂を尽くし、力を尽くしてあなたの神、主を愛しなさい(5節)」とあります。神の子どもたちに命じられているのは、神がまず愛してくださった恵みに対する応答です。御言葉に従うことは、愛を勝ち取る努力ではなく、すでに愛されている者がその愛に応えて歩むことなのです。

その具体的な印として、神は御言葉を「心に留め」「手に結び、額に付け」「戸口の柱にも書き記しなさい」と命じられました。ユダヤ教の「テフィリン」や「メズーザー」の伝統は、まさに生活の全領域を神に向ける姿を示しています。

しかし、現代の私たちはどうでしょうか。朝スマホを開けば、SNSや世の中の言葉が「成功しなさい」「自分らしく生きなさい」と絶えず語りかけ、心の中心を形づくっています。だからこそ神は「今日わたしが命じるこれらの言葉を心に留めなさい」と言われるのです。

この教えは、御言葉を日曜日の礼拝だけに閉じ込めてはならないという強いメッセージです。 御言葉を身につけるとは、御言葉によって「見方」が変わり、「行動」が変えられていくことです。8節の「手」と「額」という言葉を、私たちの具体的な行動と思いや考えに重ねて考えることもできるでしょう。御言葉によって考え、御言葉によって行動する者へと変えられていくのです。

そして、その生き方は次の世代にも伝わります。子どもたちに「家に座っているときも道を歩くときも、寝ているときも起きているときも、これを語り聞かせなさい。」すなわち、生活のすべての領域に置いて御言葉を身につけて、御言葉にふさわしく生きることを求めているのです。

もちろん人生には、聖書を開く力さえないような暗い時もあります。しかし、日々心に刻まれた御言葉が、そのような時に私たちを支えてくださいます。「恐れるな。わたしがあなたとともにいる。」「わたしは決してあなたを見放さない。」

御言葉を身につけて生きるとは、苦しみのない人生を生きることではありません。どのような嵐の中でも、神の御言葉を揺るぎない土台として生きることです。

「御言葉を読む人」から「御言葉によって生きる人」へ。「御言葉を知っている人」から「御言葉を身につけて生きる人」へ。今日、私たちも神からそのように招かれているのです。アーメン。


2026.9.20 小さな泉の恵み

 学生YMCA能登スタディキャンプ

9/1~4に輪島能登の庄で開催した能登災害ボランティアスタディキャンプが無事終了しました。大学生を対象として4~5メートル海岸が隆起した奥能登の変化と現在の復旧状況を肌で感じ、災害ボランティアと復興のために必要なことを学ぶ企画でした。

参加者は13人で、立教大学YMCA等に所属する1年女子9人、東大YMCAの修士課程男子2人と博士課程女子留学生1人、そして、部分参加した富大3年生1人という構成で、当初は1年生の女子大生と研究目標のはっきりしている大学院生との違いに苦慮したのですが、YMCAキャンプ育ちの川渕映子さんの強力なリーダーシップもあり、一人ひとりそれぞれの力が引き出されるキャンプとなりました。

 このキャンプを導いたのは、ガイドを担当した川渕さんに加えて、募集と資金援助、そして、キャンプ中の毎朝の礼拝と祈りを担当した立教大学YMCA理事長の飯島隆輔牧師、献身的にマイクロバスの運転を申し出てくださった名古屋キリスト教会館の谷川修さんと平野実郎さん、そして、被災地である七尾から参加くださった清水淳さと企画・運営責任者の私の6人のYMCAリーダーです。それぞれが4日間という短い中で、一人ひとりの参加者に大きな影響を与えていました。

 最終日の午前に地元で被災され仮設住宅でストレスを抱えながら生活されている中・高年者30人の参加者をまねくことができ、学生との交流会を楽しまれていました。

 民間施設である能登の庄が、このプログラムを通して地域復興に更に貢献し、施設の復興につながることを願っています。

                  島田 茂


2026.9.13 牧師室便り

 「 YouTubeライブ配信を始めました」

小泉町教会では9月より、YouTubeでの主日礼拝ライブ配信を開始いたしました。

コロナ禍には、Zoomを通して教会の礼拝を配信していましたが、コロナの収束とともに、さまざまな課題もあり、Zoomによる配信を終了し、その後は、録画した映像を、短く編集してYouTubeに公開する形を続けてきました。これまで、動画を見てくださる方は30~50人ほど、編集には多くの時間と労力が必要で、牧師一人で続けていくには負担も大きいものでした。

そのような中、韓国の教会を訪問した際、多くの教会がYouTubeライブ配信を活用していることに気づきました。YouTubeライブであれば、特別な編集作業を行わずにリアルタイム礼拝をそのまま届けることができ、終了後も、そのまま視聴できる利点があります。

このライブ配信には、主に二つの大きな願いが込められています。一つは、遠方に住む神の家族が同じ時間に同じ礼拝を捧げられるようにすること。もう一つは、さまざまな事情で教会に直接足をお運びいただけない方々にも、リアルタイムで礼拝に加わっていただくことです。

先週行った初回配信では、開始が5分ほど遅れるハプニングもありましたが、この一週間で100人を超える方々に映像をご覧いただくことができました。

これからも配信の方法や内容を少しずつ整えていきたいと思います。富山を離れて礼拝に参加できない方々、遠方で小泉町教会を懐かしく思ってくださっている方々、またしばらく教会から離れている方々が、この配信を通して神に心を向け、主のもとに立ち返ることができますように。

小泉町教会の礼拝が、さらに生きた礼拝となり、神様に喜ばれるものとなりますよう、ぜひお祈りください。そして、遠方のご家族や友人にもライブ配信をお知らせいただき、積極的にご参加いただければ幸いです。

シャローム。