「どう老いるか」(2)
老人の価値は、成長の峠は越えても知恵があるという点でした。昔から、若い世代にはない、人生の経験と知恵があるがゆえに大事にされてきたといわれます。昔から「老」は、むしろ憧れの表現で、老中、大老等の役職の老もそうであり、必ずしも年功序列的に高齢者のみが務めていたわけではありません。「老人のように優れている」という意味です。
しかし、その老人の知恵も、AI時代になり、影が薄くなってきました。でも伝えるべきことはちゃんとあるといいます。
ある雑草学者の書籍のなかで、次の短歌が載っていました。私には、日頃、短歌の素養はまったく無いのですが、この句は痛烈に感じるものがありましたので紹介しておきます。
「遺産なき母が唯一のものとして残しゆく『死』を子らは受け取れ(中城ふみ子)」
若い人たちも、必ず同じ道を辿る。伝えるべきは、しっかりと生きる姿、老いる姿、死にゆく姿を見せることだといいます。
「ですから、私たちは勇気を失いません。たとい私たちの外なる人は衰えても、内なる人は日々新たにされています。」コリントⅡ4:16 新改訳
先ほどの雑草学者も、「経験を積み重ね、思考を積み重ねて、心だけは、死ぬまで成長し続けることができる」という。しっかりと心だけは、ピカピカに磨いておきたいものです。
S.T.兄
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