『 自分の働きを尊び、相手の働きを尊ぶ 』
ローマの信徒への手紙12章3~8節
神に贖われ、キリストの体として集められた教会において、奉仕は単なる組織運営や作業ではありません。それは復活の主であるキリストの体を地上に建て上げていく、クリスチャンの尊い営みです。
しかし、教会の中にも人間の弱さや比較の心が忍び込み、「自分の奉仕は目立たない」「なぜ正当に評価されないのか」「なぜ自分ばかり奉仕しなければならないのか」といった思いから、不平や不満、分裂、無力感が生まれてしまうことになります。
使徒パウロは、奉仕に向ける「心の目」を整えるために次のように語ります。
「自分を過大に評価してはなりません。むしろ、神が各自に分け与えてくださった信仰の度合いに応じて慎み深く評価すべきです。」(ローマ 12:3)
「何事も利己心や虚栄心からするのではなく、へりくだって、互いに相手を自分よりも優れた者と考えなさい。」(フィリピ 2:3)
教会は一つの体であり、多様な奉仕の中に不要なものは一つもありません。自分に託された奉仕を主からの聖なる務めとして感謝して全うすることが「自分の働きを尊ぶ」ことです。 同時に、その姿勢が自慢や他者を裁く心になってはなりません。へりくだった心で隣人を見つめ、互いに相手を尊重し感謝すること、これが「相手の働きを尊ぶ」ことです。
預言、奉仕、教えること、勧め、施し、指導、慈善など、それぞれの持ち場で発揮される賜物はすべて同じ神の恵みの現れです。自分にはできない奉仕を誠実に担う兄弟姉妹を敬い、互いに祝福し合う姿こそが、サタンによる分断や葛藤を退け、教会を愛の絆で結び合わせる土台となります。
私たちが互いに仕え合える最大根拠は、イエス・キリストご自身の姿にあります。「キリストは神の身分でありながら僕の身分になり、十字架の死に至るまでへりくだって私たちに仕えてくださいました。」この圧倒的な愛を受けたからこそ、私たちは自らの務めに誇りを持ち、隣人の奉仕を心から支えることができるのです。
教会は、各人が自らの奉仕を尊び、互いの働きを尊重し合うときに健全に成長します。 ぜひ、自らの務めを感謝して全うし、互いの働きを敬い励まし合いながら、主の愛を証しする力強い教会を建て上げていきましょう。
ハレルヤ!
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