2026年10月13日火曜日

2026.10.11 本日の宣教

 『 わたしの民よ、立ち帰りなさい 』  

                      歴代誌下7章14節

私たちが暮らすこの日本という国は、世界にも誇れる美しさと秩序、そして優れた技術力を持った素晴らしい社会です。

私が1995年に初めて日本を訪れた当時、この国は活気ある世界第二位の先進国でした。しかし、この30年間停滞と後退を続けてきた現実を前に、人々の心はかつてないほどの深い孤独や喪失感、そして何とも言えない無気力に覆われているように思います。

このような現実の中で、私たちはどこに希望を見いだせるでしょうか。心身が疲れ果てたとき、聖書は私たちにこう語りかけます。

「もしわたしの名をもって呼ばれているわたしの民が、ひざまずいて祈り、わたしの顔を求め、悪の道を捨てて立ち帰るなら、わたしは天から耳を傾け、罪を赦し、彼らの大地をいやす。」(歴代誌下 7:14)

この御言葉の背景には、ソロモンが神殿を完成させた栄光の頂点と、その直後の神の警告がありました。神は、人間が繁栄の中で傲慢になることを見越し、回復への道筋を先回りして用意してくださっていたのです。しかし、イスラエルは神の警告を忘れ、滅びの道をたどることになってしまいました。

私は韓国人として、自国の問題には声を上げてきましたが、外国籍ゆえに日本の社会や政治の課題にはなかなか声を上げられずにいるもどかしさを抱えてきました。それゆえにこそ、日本に生きる民である皆さんが、それに相応しい声を挙げなければなりません。 しかし、私たちの関心はどうしても自分のことや家族のことに限られがちです。

かつてイスラエルの民は、国に試練が起きたとき、民族が一つになって深く嘆き、神の助けを求め、御前に出て悔い改めの時を過ごしました。同様に、日本という「地」が抱える痛みを、人間の手段だけで癒やすことはできません。神の赦しと癒やしが不可欠なのです。

本日の御言葉は、すでに神を知っている私たちクリスチャンに向けて警鐘を鳴らしています。形式的な信仰生活と神の御心から離れ反逆の道をたどった生活から立ち返り、「ひざまずいて祈り、御顔を求め、悪の道を捨てる」というステップを踏み出すようにと。

私たちはちょうど宗教改革記念日を覚える季節にいます。「改革された教会は、常に改革され続けなければならない」との宗教改革者たちの言葉通り、今こそ十字架の原点へと心を向け直し、「あなたと子どもたちのために祈れ」と言われた主イエスの御声に従って、この国と民のために祈る時です。

神は私たちがひざまずき御顔を求める時、両手を広げて迎え入れてくださいます。忙しい生活、時代の流れのただ中で立ち止まり、「わたしの民よ、立ち帰りなさい」という愛の呼びかけに答え、新しく希望の歩みを踏み出そうではありませんか。

アーメン。


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