2026年6月30日火曜日

2026.5.24 本日の宣教

 『教会を建てられる聖霊 』  

                   コリントの信徒への手紙一12章4~11節

ペンテコステ、おめでとうございます。

本日、私たちはペンテコステ(聖霊降臨日)の主日を迎えました。クリスマス、イースターと並ぶ、教会の三大祝祭の一つです。しかし私たちがこの日を祝うのは、単に「教会の誕生日」という歴史的出来事を記念するためだけではありません。今もなお私たちの間に生きて働き、教会をキリストの体として建て上げ続けておられる聖霊の御業を覚え、感謝するためです。

2,000年前のペンテコステの日、弟子たちは激しい風の音と炎のような舌に象徴される聖霊の臨在を経験しました。一同は聖霊に満たされ、“霊”が語らせるままに、さまざまな国の言葉で語り始めたのです。恐れの中に閉じこもっていた弟子たちは、聖霊によって立ち上がり、世界へ遣わされる者へと変えられました。彼らを変えたのは、自分たちの熱心さや能力ではなく、神から与えられた聖霊の力でした。

聖霊は、その時から2,000年にわたり、絶えず教会を新しくし、福音を宣べ伝える力を与えてこられました。迫害の中でも、困難の中でも、教会が失われることなく歩み続けてきた背後には、常に聖霊の働きがありました。聖霊の働きなしに、教会の宣教も成長もありません。そして聖霊は、今もなお私たちの教会の中で働いておられるのです。

パウロはコリントの教会に向かってこう語ります。…「賜物にはいろいろありますが、それをお与えになるのは同じ霊です。務めにはいろいろありますが、それをお与えになるのは同じ主です。」(Ⅰコリント12:4-5) ここでパウロは、「同じ霊」「同じ主」「同じ神」と語り、父・子・聖霊なる三位一体の神の一致の中に、教会の一致があることを示しています。聖霊は、一人ひとりに異なる賜物を与えながら、それらを通して教会を一つに結び合わせてくださるのです。

しかしコリント教会では、与えられた賜物が互いに仕えるためではなく、比較や誇りの対象となっていました。そのため教会には分裂や争いが起こっていたのです。そこでパウロは、「一人一人に“霊”の働きが現れるのは、全体の益となるためです」と教えます。賜物の違いは優劣ではなく、教会全体を健やかに建て上げるための神の恵みなのです。

私たちにも、神からさまざまな賜物が与えられています。奉仕、時間、能力、経済、祈り、優しさなど、それらはすべて、自分のためだけでなく、隣人に仕え、教会を整え、互いを生かすために与えられたものです。

聖霊は、私たちを単なる「恵みの消費者」にとどめず、「恵みの奉仕者」へと変えてくださいます。自分が目立つためではなく、キリストの体なる教会が堅く建て上げられるために、私たちはそれぞれの賜物を用いていただくのです。

願わくは、最初のペンテコステの日にエルサレムに吹き渡った聖霊の風が、今日も小泉町教会の上に新しく吹き、私たちを一つに結び、愛と希望に満ちた群れとして成長させてくださいますように。ハレルヤ。


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