2026年3月18日水曜日

2026.3.1 牧師室便り

 「 受難節、執事選挙を前にして 」

本日は3月第1主日、礼拝の中で主の晩餐式を執り行います。主イエスは、主の晩餐に先立ち、弟子たちの足を洗い、仕える者としての姿勢を示されました。そして「主であり、師であるわたしがあなたがたの足を洗ったのだから、あなたがたも互いに足を洗い合わなければならない(ヨハネ13:14)」と命じられました。十字架の死を目前にした状況にあっても、誰が偉いかと争う弟子たちの姿をご覧になりながら、最も尊い姿とは「仕えること」であると、身をもって教えられたのです。

来る15日、私たちは2026年度の奉仕の先頭に立つ執事を選びます。執事(ディアコノス)とは「仕える者」「奉仕者」を意味し、新約聖書の中では「給仕する者」として用いられました。すなわち、決して階級や権威を示すものではありません。使徒言行録6章に記される最初の執事たちも、常に人々の必要に目を留め、教会の一致を守り、福音宣教が妨げられないよう陰で支える働きに徹していたことを私たちは知っています。

あらためて心に留めたいのは、執事選挙は人気投票ではないということです。能力や活動力、信仰歴の評価でもありません。教会の土台を祈りと愛をもって支える人が立てられるとき、教会は健やかに成長します。ですから、選ばれる人も選ぶ人も、祈りのうちに神の導きを求めましょう。これは単なる人事ではなく、教会の霊的成熟を映す鏡です。受難節を歩みつつ、主のへりくだりに倣い、神の家族お一人お一人が仕える者としての思いを新たにしたいと願います。

シャローム。




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