「 黄金律を実践する共同体 」
先週の月曜日、腰痛を和らげようと訪れた温泉で、思いがけない出来事がありました。サウナから出ようとした際、置いていたはずのメガネが消えていたのです。
慌ててフロントに放送を依頼し、しばらく待つと、ようやく私のメガネを手にした方が現れました。しかしその方は、私の顔を見るなり謝罪の言葉一つなく、無言のまま通り過ぎていきました。二度目に顔を合わせた時も同様でした。その時、私の心には何とも言えない冷たい風が吹き抜けました。「ごめんなさい」の一言さえあれば和やかになったはずなのに……。結局、温泉を楽しむ気分にはなれず、そのまま家路につきました。
しかし、この出来事は私に大切なことを深く考えさせてくれました。人間関係において、「ごめんなさい」「ありがとう」「嬉しい」といった言葉のやり取りが、どれほど重要であるかということです。
神の家族の皆さんはいかがでしょうか。共同体の中には、気の合う人もいれば、時には気まずさを感じる人もいるでしょう。しかし、私たちは神に赦された者として、 まず自分から温かい言葉をかける者でありたいのです。あなたの一言、あなたの笑顔が、共同体を強め、交わりを豊かにしていくからです。
黄金律を覚えていますか。 「人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさい。(マタイ7:12)」
誰かが動くのを待つのではなく、自分から与えること。挨拶を与え、感謝を与え、そして赦しを与える。私たちがそのように歩み出すとき、周囲の空気は確実に変わり始めます。そこには、神の国にふさわしい愛と喜び、慰めが満ちていくはずです。
願わくは、私たちの小さな一言、小さな行いが、神の国の美しさを映し出す鏡となりますように。シャローム。
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