『 アーメンの季節 』
フィリピの信徒への手紙2章6~8節
アドベントを迎えると、私たちは再び静かにクリスマス物語へと導かれます。そこには星や天使の歌だけではなく、神の言葉に「アーメン」と応えた人々の姿があります。アーメン、「はい、信じます。そのようになりますように」。それは単なる同意ではなく、神の御心に自分の人生を差し出す決断の言葉です。まさしくクリスマスは「アーメンの季節」と言えるのかもしれません。
最初の「アーメン」は、言うまでもなく主イエスご自身のアーメンです。フィリピ2章には、神の御子が「神の身分でありながら、神と等しい者であることに固執しようとは思わず」、人となられ、十字架に至るまで従順であられたと記されています。御子の受肉は、父の御心への深いアーメンから始まりました。高き天から低き人間のただ中へ。「そこで生きよ。そこで愛せ。そこで死ね」。父の言葉に、御子はただアーメンを貫かれたのです。クリスマスとは、この御子の従順が世界に姿を現した瞬間です。
次に、私たちがよく知るのはマリアのアーメンです。ガリラヤの名もなき村に生きる一人の少女に告げられた天使の言葉、「あなたは身ごもり、男の子を産む」。それは彼女の計画も将来も揺るがす言葉でした。理解を超える知らせに戸惑いながらも、マリアは「お言葉どおり、この身になりますように」と応答します。人生の主導権を神にゆだねる勇気と信仰。マリアのアーメンは、クリスマス物語の扉を開けた鍵でした。 さらに、夢での天使の言葉を信じてマリアを受け入れ、守り抜いたヨセフのアーメン、年老いたザカリアとエリサベトのアーメン、メシアの星に導かれて旅を続けた東方の博士たちのアーメン、そして野原の羊飼いたちのアーメンへと物語は続きます。
アーメンとは、神の物語に自分を差し出すことです。そしてその物語は、いつも希望へと向かっています。主イエスのアーメンは十字架を通って復活へと至りました。マリアのアーメンは新しい命を、ヨセフのアーメンは守られる家庭を生みました。同じように、私たちのアーメンも神の恵みの物語の一部となります。
そうです。アドベントは「待つ季節」であると同時に、「応える季節」です。今年、神はあなたにどんな言葉を語っておられるでしょうか。恐れのただ中にいるあなたに、天使のように「恐れるな」と告げておられるかもしれません。あるいは、日々の小さな奉仕を通して「そこに私はいる」と静かに語りかけておられるのかもしれません。
どうか、このアドベントの季節が、あなたのアーメンを生み出す時となりますように。そしてそのアーメンを通して、神の光があなたを、そしてあなたの周りの人々を照らしますように。クリスマスの主が来られる道を、私たちの従順が整えますように。ハレルヤ!
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