~ 頭が働かず、滑舌が悪くなっても ~
日本に来て29年目、もう韓国で過ごした歳月より、日本の方が長くなりました。驚きです。そして牧師になってもう23年が経ちました。23年の内、東京で6年、富山で17年です。歳月の流れが最もよく現れているのは、黒かった髪の毛が、今は白髪が半分になったことでしょうか。
だから多くの人からネイティブのように日本語が使えるのではないかと言われますが、毎回の宣教や牧師室便りなどを書くことは大きなプレッシャーになっているのが事実です。感謝なことは、その都度その都度、神の憐れみにゆだねつつ、皆さんの愛に支えられて今があるということでしょう。
特に、御言葉を語る時に、少し疲れがたまっていたり、寝不足であったりすると、頭が上手く働かずにふさわしい言葉が思い出せない、また舌は回らなくなってしまう。…「ああ、何年いたら完璧な日本語の文章で、完璧な宣教ができるだろうか」とつぶやく私です。40年経ったらいいでしょうか。50年経ったら大丈夫でしょうか。考えてみると、4,50年経つと今度は認知症が始まるかもしれません。そう考えると、もうあきらめた方がいいかも知りませんね。
しかし、牧師になってからずっと心がけていたことは、日本語の文法と語彙、発音などをさらに勉強しなければ、という思いでした。キリスト者は現在に満足せず、常に神の国に役立つことであれば、自分自身が新しくなることについて聖霊の助けをいただきながら努めることでしょう。
神の家族の皆さん、皆さんも頭が働かず、体が上手く機能しなくなっても、聖霊にゆだねつつ、喜びをもって自分自身を献げることに心を注ぎましょう。シャローム!
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