『 その日が来れば 』
イザヤ11章6~10節
クリスマスは光の季節であると言えます。主が生まれる前から、天からは輝く星が一つ現れ、それが東方の占星術の学者たちを導いたと言われています。そのため、私たちの教会もクリスマスツリーやその他の飾りを通して王の光を表しているのです。それらの光を見つめながら私たちも「この光が初めてのクリスマスの日、東方の学者たちを導いた星のように、私たちも主のいる場所に導いてください。」と祈ることができるのです。
さて、本日与えられた御言葉の中心的な言葉こそ、10節の「その日が来れば」という言葉です。ここでの「その日」とは、この暗闇の世界を救うメシアが来られる時を指します。言い換えれば、メシアが来たときに起こるであろう出来事について語っているのです。
預言者イザヤは、主イエスがこの世に来られる600~700年前の人物です。とりわけ彼はイザヤ書の中で、メシアに関する多くの言葉を残しています。メシアの誕生過程、メシアの性格、メシアの僕としての働き、死と復活を通じたメシアの働きの完成など、ほぼメシアの全生涯について預言していることが分かります。その中で本日の個所では、光として来られたメシアがその光を照らされようとするところについて描いています。
続けてイザヤは、想像するだけで自然と笑みが浮かび、胸がワクワクするような感動の場面を提示します。「狼と小羊、豹と子山羊、子牛と若獅子、牛と熊、幼子と蝮」、いわば天敵とも言えるような、決して仲良くなれない動物たちがメシアの誕生によって、敵意や戦い、殺し合いではなく、真の平和な関係に入ることを宣言しているのです。すなわち、メシアによって実現される「神の国」とは、人間の堕落によって始まった、ありとあらゆる無秩序、弱肉強食、戦争、報復といった悲しい世界、堕落し滅びていく世界の問題がすべて取り除かれ、神が初めにエデンの園を通して造り上げようとされた、完全な平和が実現する場所、すなわち天地創造の最初の状態に戻る世界を示しているのです。
「その日が来れば、エッサイの根はすべての民の旗印として立てられ、国々はそれを求めて集う。そのとどまるところは栄光に輝く。(10節)」…実際に主が来られ、光を照らしてくださる場所では奇跡的な歴史が起こりました。しかし「その時」とは、主イエスが来られた時だけを指しているのでなく、その後の今日、いや明日、そして永遠の神の国までの全てを含む言葉です。そして今、この瞬間にも、主が旗印として立てられる場所では、栄光に満ちた歴史が起こり、今も起こりうるのです。
この地に光として来られたキリストを知り、受け入れる者は神の子となり、あなたのいるすべての場所や状況において主の栄光の光が輝き、救いの御業が起こるはずです。また主の光は2023年のクリスマスにも変わらず輝いています。積極的に心の窓や家庭の窓を開けて、ためらわず、躊躇せず、進んでその光に照らされることです。
イザヤが預言した「その日」はイエス・キリストの誕生によって成就しました。そして、キリストの再臨の「その日」には、自然界全体に平和が実現することを確かめることになるでしょう。ハレルヤ!
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