2021年11月24日水曜日

2021.10.10 本日の宣教

 『 イエス、すべての王 』  (ヨハネの黙示録1:4~8)

ヨハネの黙示録はヨハネがパトモス島に捕らわれていた時に見たビジョンを記録した書物です。当時のローマでは世界の支配者であったローマ皇帝が神の子として神格化され、植民地のありとあらゆるところに皇帝の像を立てていました。ローマは軍事力だけでなく、文化的な面においても世界のすべてを変え支配していたのです。

 ですからキリスト教会にとって、紀元1世紀末頃の状況は、ネロ皇帝とその後続く皇帝たちの迫害によって多くのキリスト教会と信徒たちが命を奪われ追放されていった過酷な時代でした。ちょうどその頃、ヨハネも捕らわれパトモス島に監禁されたのです。いつ殺されてもおかしくないような日が続く中、ヨハネは神の国を求めつつ、厳しい絶望の時をくぐり抜けていったわけです。

神の家族の皆さんは、そのような時代背景を念頭に置きながら、ヨハネの黙示録を読まなければなりません。とりわけ、アジアの7つの教会に手紙を送るヨハネがもっていた、信仰の確信を分かち合うことこそ、終末と言われる今を生きる私たちに求められる知恵となるでしょう。これから7つの教会へのメッセージを学ぶ前に、ヨハネがそれらを三位一体の神を賛美することから始めていることに注目しましょう。

まず、ヨハネは父なる神について、「今おられ、かつておられ、やがて来られる方」と表現します。ここで、「おられる」という言葉は、ただ神だけが存在の源であることを表す言葉です。すなわち、この世に存在するすべては、存在の源であり、存在そのものである神によって成っているのだという宣言です。興味深いことに、ヨハネは神の存在を表すのに、時間の順序を変えていることが分かります。普段、時間の流れを語る時、「過去、現在、未来」と表現しますが、ヨハネは「現在、過去、未来」の順にしている。これは、神と神の民の時間は常に現在であることを示しているのです。まさに迫害の時代、希望が見えない時代であるけれども、共におられる神の支配は今も続いていることを表現しているのです。

続けてヨハネは、聖霊なる神を、「玉座の前におられる七つの霊」と表現しています。「七つの霊」とは、聖霊が七つに分かれているという意味ではなく、完全数としての7つ、すなわち、神のうちに満ちておられる完全なる御霊を強調しているのです。その完全なる聖霊に満たされることがキリスト教会と信徒たちが求めるべきことであります。

最後に、すべてのものの王となられる御子イエス・キリストを賛美しています。さらに、「証人、誠実な方、死者の中から最初に復活した方、地上の王たちの支配者」であると、主イエスが十字架の贖いと復活、再臨の大いなる御業を成し遂げられた王の王であることを宣言します。それに加え、主イエスが血を流されるまで私たちを愛し、罪から解放し、私たちを王とし、神に仕える祭司としてくださったことをほめたたえているのです。

聖書が絶えず、私たちに問いかけます。「あなたの人生の王は誰ですか」と。とりわけ、主の再臨を待ち望む終末を生きるキリスト教会と信徒たちが、主イエスを真の王とし、主が再び来られ完成される神の国を世界中に宣べ伝える生活を第一として生きているのかと問いかけられているのです。まさに一歩先も見えない現実を生きている私たちですが、このような時だからこそ、王なる主イエスを讃美し証し人として信仰を新たにしたいものです。ハレルヤ!


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