2019年8月20日火曜日

2019.7.7 本日の宣教

『愛する協力者フィレモンへ 』 (フィレモンへの手紙17節)

フィレモンへの手紙は、使徒パウロがコロサイ教会のリーダーの一人であったフィレモン個人に宛てた私的な手紙で、聖書の中で最も短い手紙の一つです。ですから、あまり扱われないのも現実です。しかし、フィレモンへの手紙には信仰共同体における大切な真理が記されています。とりわけ「フィレモンとオネシモ」といった二人の登場人物に示される教えから、現代のキリスト教会と教会員のあるべき姿を学ぶことができるのです。

使徒パウロはフィレモンに対して「わたしの愛する協力者」1節)であると呼んでいます。フィレモンは、コロサイ教会の中で、霊的リーダーシップだけでなく、経済的にも力をもっていた有力者でありました。それは「あなたの家にある教会へ」(2節)という言葉から分かります。彼は教会のために自分の家を提供していました。初代教会は多くの場合、経済力のある信徒の家で行われていて、フィレモンは、コロサイ教会の成長と神の国の宣教のために喜んで自分の家を提供し、惜しまず持ち物を献げる敬虔な信仰者だったのです。「教会」(ギ:エクレシア)は、「神によって呼び集められた者たちの集まり」という意味を持っていて、フィレモンは招かれた者として救われた恵みに生きる人でした。そのフィレモンに対してパウロは「愛する協力者」と呼んでいたのです。

続けてパウロは、フィレモンのゆえに「いつも」神に感謝していることを明かします。その感謝の内容こそ、「主イエスに対するフィレモンの信仰」と、「聖なる者たち一同(教会共同体)に対するフィレモンの愛」5節)のゆえでした。キリストに出会い救われた者は誰でも、神の国のための使命を受けています。神と隣人を愛し、十字架と復活の福音を宣べ伝え、貧しく弱い者たちを顧みることになるのです。そして神の家族の群れには恵みの僕として愛に励むことになるでしょう。

「兄弟よ、わたしはあなたの愛から大きな喜びと慰めを得ました。」(7節)…ローマの牢に囚われていたパウロの耳に届いたフィレモンの愛と善き働きに関する知らせは、パウロにとって大きな喜びと慰めとなりました。その理由こそ、教会共同体の一人一人に目を配り、彼らの抱えていた問題のために執り成し、その一人一人を元気づけていく働き人でした。そう、牧会者にとって一人の信徒の信仰が日々成熟していき、その信徒がキリストの体なる教会を元気にしていくことを見ることほど喜ばしきことはありません。
神の家族の皆さん、わが群れの中にもぜひ、フィレモンのような神の家族から褒め言葉を受ける働き人が増えていきますように…。互いに称賛し合うことは主にある共同体をさらに強くしていく潤滑油のようなものです。“兄弟姉妹よ、あなたは私の喜びであり慰めです”と声をかけましょう。ハレルヤ!

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