詩編57編は、1節の表題にも記されているように、ダビデがサウル王を逃れて洞窟にいた時を歌っている詩編です。すなわち、ダビデの生涯で最も暗かった時に書いた詩編でした。
ダビデは聖書における勇者、最も偉大な王、詩人、音楽家でした。羊飼いの少年期を通して神様との親密な交わりを知ったダビデでしたが、その後も神様との関係を失うことはありませんでした。たとえ死の陰の谷を歩む時であっても・・・。そして今、ダビデは洞窟に身を隠れている。ダビデにとって洞窟というのは、人生における最も暗く悲惨な場所であって、最後の避難所でした。しかし、その洞窟は神を新たに体験し、神からビジョンをいただく場所、新しい讃美が生まれる場所に変わっていきます。
ダビデは2節で、「災いの過ぎ去るまで、神の翼の陰を避けどころとしてほしい」と嘆願します。考えてみると、ダビデがサウル王に追われた日々は10年以上に及びました。そして今は洞窟の中、一般的に洞窟というと、暗く、絶望に満ちた危険な場所と言われていますが、ダビデは「神の翼の陰」として受け止めています。ダビデはその洞窟で彼を守ってくださる神を体験し、真の平安に包まれるようになったのです。洞窟で神の臨在と守りを体験していたダビデは、神からの将来へのビジョンと感謝に満ち溢れ、「竪琴と琴」を弾きながら神を賛美し始めます。「わたしは心を確かにします。神よ、わたしは心を確かにしてあなたに賛美の歌をうたいます。」(8節)・・・たとえその場所が洞窟のように暗く危険であっても、「神の御翼の陰」に守られていることへの確信があれば、神を賛美せずにはいられません。そうです。いつでも問題は私たちが置かれている状況ではなく、その状況を神の目で解釈できるかどうかにかかっていることを覚えましょう。私たちを取り囲むどんな状況も神の支配のもとにあることを認める時、私たちの唇からは嘆きとつぶやきの言葉から讃美の歌に変えられるはずです。
「主よ、諸国の民の中でわたしはあなたに感謝し、国々の中でほめ歌をうたいます。」(10節)・・・先ほどまで洞窟に身を隠して自分自身の救いを嘆願していたダビデの目が、次第に諸国の民、国々の方へと広がり、さらに天に満ち溢れる神の栄光に目が向けられるように変えられることが分かります。神の家族の皆さん、真っ暗な洞窟の中にとどまっていたあなたの目が、世界の歴史を支配され、天と地、宇宙万物のすべてを治めておられる神の栄光を見ることができれば、それはいかに素晴らしいことでしょうか。
小泉町教会の59年間の荒野や洞窟のような苦しい時を共に歩まれた神に感謝の讃美を歌いましょう。それから、暗闇に包まれている日本社会において、「目覚めよ、曙を呼び覚まそう」と互いに励まし合いつつ、決して揺れることのない確かな心と信仰による讃美の声を高く上げられる神の家族の群れでありますように・・・。ハレルヤ!
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