2019年4月25日木曜日

2019.4.7 牧師室便り


~ 何によって生きるか ~

 先週、皇位継承時に政令で定める元号が「令和」に決まったニュースで日本中が騒がれる中、息子と東京にいました。突然決まった日程で、息子が高校に入る前の春休みを利用して、東京の教会巡りをしたいという要望に応えてあげるためでした。教会を中心に、キリスト教に関連するありとあらゆる場所を2日の予定で駆け回りました。カトリック教会、正教会、プロテスタントの諸教派の教会、また、国際キリスト教大学(ICU)、ルーテル学院大学、教文館など・・・。息子と二人で旅をしたのは初めてで、果たして息子の心は満たされたでしょうか。
  教会巡りをする中、各教派の教会が、何を大事にしているのかがよく伝わってきました。とりわけ、歴史が長ければながいほど、伝統や歴史人物が重んじられていることに気づきましたね。とりわけ驚いたのは、訪問した10以上の教会のうち、正教会とバプテスト連盟の1教会を除くすべての教会が、パイプオルガンをもっていて、そのほとんどの教会が、パイプオルガンを礼拝堂の中央に置いていました。圧倒的な存在感のパイプオルガンを目にしながら、何か複雑な思いに包まれましたね。“キリスト教会のあるべきものは何か”という、永遠に変わることのないぶどう酒である福音を入れるべき革袋は、時代に合わせて変えるべきものなのに、なぜか、変わらない革袋を作ることに熱心になっている教会が、そこにあるような気がしたのです。
  4月から、「使徒信条」の学びを始めたいと思います。初代教会から現代に至るまで告白され続け、これからも告白され続けるだろう使徒信条を学びつつ、私たちが抱くべき信仰の内容を、確認したいと思います。バプテスト教会における「教会の約束」を「使徒信条」に変わるものと考える方も少なくないと思いますが、教会の約束は、信仰告白をした人がどう歩むべきなのかについての、信仰実践の指針であることを覚えましょう。大切なのは、行いではなく、“義人は行いではなく、信仰によって生きる!”という信仰告白の上に立ち生きることです。シャローム!

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