私は自転車で通勤しています。職場まで片道4kmで約20分くらいです。
ある日の朝の通勤途中で、自転車がかぶさって倒れている女性がいました。私は急いでいましたが、見てみぬふりはできず、声をかけました。
どうやら長いスカートが自転車の車輪に巻き込まれて倒れてしまったようでした。巻き込まれたスカートがからまって取れないため起き上がることもできません。ひざはすりむいて血が出ています。これはどうすれば良いのかと私は困りましたが、彼女の自転車を少し持ち上げて車輪を回したところ、からまったスカートがさっと取れました。
彼女は私に何度もお礼をいいました。私は早く手当てしてくださいと言ってその場を去りました。私は朝から良いことができた、気分がいいぞ、いや、これは助けたのではなく助けさせていただいたのだと思いました。
これは人間同士の出来事です。人間を創られた神様は人間をどうご覧になっているのか。人間は傷つき、苦しみ、罪の報いである死に向かっています。イエス様はそんな人間を助けるために十字架にかかってくださいました。十字架の打ち傷は私の傷みを負ってくださったもの、そこまでしてイエス様は私を助けたい、助けたくてたまらないと思っていてくださるのだと改めて教えられ感謝しました。
E.N.兄
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2019年2月2日土曜日
2019.2.3小さな泉の恵み
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