「 混沌の時代に、神の正義を求めて 」
先週、私たちは、アメリカによるベネズエラへの侵攻とマドゥロ大統領の拘束という出来事に、大きな衝撃を受けました。力を持つ国が、弱い立場にある国の主権や尊厳を踏みにじるかのような現実を前に、平和とは何か、正義とは何かが、改めて問われています。もし力が正義となり、自らの基準によって他者を支配することが正当化されるなら、世界は再び、過去の支配と搾取の歴史へと引き戻されてしまうでしょう。
聖書の上に手を置いて指導者が宣誓を行う国であっても、その歩みが常に神の御心に適っているとは限りません。だからこそ私たちは、特定の国や指導者を裁く以前に、神の前で、この世界をどのように見つめ、どのように祈るのかが問われているのです。
ちょうど『リビングライフ』1月号のテキストは『ヨハネの手紙』ですが、ヨハネは繰り返しこう語ります。「正しい生活をしない者は皆、神に属していません。自分の兄弟を愛さない者も同様です。(Ⅰヨハネ3:10)」。
キリストにとどまる者は、言葉だけでなく、生き方において神の愛を表していくのだと、ヨハネは繰り返し告げているのです。
世界が混沌とし、力が支配する現実の中で、私たちはどの価値観に立って生きるのでしょうか。独り子さえ惜しまず与えてくださった、愛なる神は、私たちに、力ではなく愛を、支配ではなく仕える道を示しておられます。
悪しき霊に流されることなく、聖霊からの知恵と思慮分別をいただき、日々の小さな選択において神の義と正義を求め、隣人を愛する者として歩む神の家族であるように…。それこそが、今この時代に神の愛を証しする、私たちの使命ではないでしょうか。
シャローム。
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