富山小泉町キリスト教会(日本バプテスト連盟)
2025年12月15日月曜日
2025.12.14 牧師室便り
「 主のノックに気づく」
「見よ、わたしは戸口に立って、たたいている。だれかわたしの声を聞いて戸を開ける者があれば、わたしは中に入ってその者と共に食事をし、彼もまた、わたしと共に食事をするであろう。」(ヨハネ黙示録3:20)
アドベントの時を過ごしつつ、世界の動きに目を向ける近頃です。先週、青森や岩手県沖で大きな地震と津波が発生し、私たちは恐怖を覚えつつも震源が深かったため被害が比較的少なかったことに、胸を撫で下ろす思いをしました。とはいえ、残された痕跡を見ると、これからを案じるのは当然のことです。被災された方々の上に主の御手があり、寒さが増す中で必要な支援が与えられるよう祈ります。
こうした不安の多い時代だからこそ、私たちはアドベントの意味を改めて思い起こしたいのです。アドベントは、「到来する」という意味で、神が静かにノックしておられることに気づき待ち望む季節です。そのノックの音に耳を澄ませながら、私たちがどのような備えをすべきかが問われているのです。教会は、主のノックを共に聞く場所です。
アドベントの礼拝や祈り、ろうそくの灯り、讃美の調べは、「主が来られる」という希望のメッセージを告げています。また教会は、心の戸を開くことに不安を抱える人に寄り添い、励まし合う共同体でありたいのです。
私たちも、忙しさや疲れ、失望、自己嫌悪といった“心の扉”を抱えており、主の声を聞き取りにくい時があります。しかし主は、私たちが戸を開くのを優しく待っていてくださいます。アドベントは、この招きを思い起こし、心を開く時です。
どうか小泉町教会も、神の家族一人ひとりも、主の忍耐強いノックに気づき、喜びをもって主イエスをお迎えできますように。シャローム。
2025.12.14 本日の宣教
『 愛はここにあるよ! 』
ヨハネの手紙4章7~12 節
皆さんは愛されていますか。…皆さんが生まれたのは愛されるためです。神さまに愛され、人々に愛されるために。その神さまの愛がいちばんはっきりあらわれたのが、イエスさまの誕生でした。
イエスさまは、立派な宮殿ではなく、静かな馬小屋にお生まれになりました。これは、「神さまは特別な人のところだけでなく、すべての人のそばに来てくださるんだよ」というしるしです。
わたしたちが嬉しい日も、寂しい日も、不安な日も、イエスさまは遠くからではなく、すぐそばで「大丈夫だよ。いっしょに歩いていこうね」と語りかけてくださっています。
聖書は「神を見た者はいない」と言います。でも、互いに愛し合うとき、神さまの愛は私たちの中に生きて働く、と教えています。
つまり、だれかを大切にしようとするその気持ちの中に、神さまの愛は“ここにあるよ!”と光っているのです。
クリスマスは、神さまの愛が私たちのすぐ近くに来てくださった日。そして、みんなの心にある小さな勇気が、その愛を輝かせる日です。どうか今日、みんなの中に「愛の光」が強くともりますように。ハレルヤ!
2025年12月8日月曜日
2025.12.7 牧師室便り
「 受け身から恵みを生きる 」
アドベント第2週を迎え、北陸らしい冬の気候となってきました。12月に入り一年の終わりが近づくと、私たちは知らないうちに心が落ち着かず、当初の計画がどれほど実行できたかを思い巡らせ、足りなかった部分を補おうと慌ただしく過ごしがちです。計画どおりに進み満足を覚えることもあれば、予想外の出来事に妨げられ、思うように歩めなかった日々もあるでしょう。
私たちは自分が主体的に選び、進めているつもりでいても、実際の生活は天候や体調、家族の問題、あらゆる災害、そして社会の変化など、さまざまな外的要因に左右されています。順調な日には自分が主導権を握っているように感じますが、ひとたび予期せぬ出来事が起これば、その状況に合わせて生きざるを得ないのが私たちの現実です。
2025.12.7 本日の宣教
『 アーメンの季節 』
フィリピの信徒への手紙2章6~8節
アドベントを迎えると、私たちは再び静かにクリスマス物語へと導かれます。そこには星や天使の歌だけではなく、神の言葉に「アーメン」と応えた人々の姿があります。アーメン、「はい、信じます。そのようになりますように」。それは単なる同意ではなく、神の御心に自分の人生を差し出す決断の言葉です。まさしくクリスマスは「アーメンの季節」と言えるのかもしれません。
最初の「アーメン」は、言うまでもなく主イエスご自身のアーメンです。フィリピ2章には、神の御子が「神の身分でありながら、神と等しい者であることに固執しようとは思わず」、人となられ、十字架に至るまで従順であられたと記されています。御子の受肉は、父の御心への深いアーメンから始まりました。高き天から低き人間のただ中へ。「そこで生きよ。そこで愛せ。そこで死ね」。父の言葉に、御子はただアーメンを貫かれたのです。クリスマスとは、この御子の従順が世界に姿を現した瞬間です。
次に、私たちがよく知るのはマリアのアーメンです。ガリラヤの名もなき村に生きる一人の少女に告げられた天使の言葉、「あなたは身ごもり、男の子を産む」。それは彼女の計画も将来も揺るがす言葉でした。理解を超える知らせに戸惑いながらも、マリアは「お言葉どおり、この身になりますように」と応答します。人生の主導権を神にゆだねる勇気と信仰。マリアのアーメンは、クリスマス物語の扉を開けた鍵でした。 さらに、夢での天使の言葉を信じてマリアを受け入れ、守り抜いたヨセフのアーメン、年老いたザカリアとエリサベトのアーメン、メシアの星に導かれて旅を続けた東方の博士たちのアーメン、そして野原の羊飼いたちのアーメンへと物語は続きます。
アーメンとは、神の物語に自分を差し出すことです。そしてその物語は、いつも希望へと向かっています。主イエスのアーメンは十字架を通って復活へと至りました。マリアのアーメンは新しい命を、ヨセフのアーメンは守られる家庭を生みました。同じように、私たちのアーメンも神の恵みの物語の一部となります。
そうです。アドベントは「待つ季節」であると同時に、「応える季節」です。今年、神はあなたにどんな言葉を語っておられるでしょうか。恐れのただ中にいるあなたに、天使のように「恐れるな」と告げておられるかもしれません。あるいは、日々の小さな奉仕を通して「そこに私はいる」と静かに語りかけておられるのかもしれません。
どうか、このアドベントの季節が、あなたのアーメンを生み出す時となりますように。そしてそのアーメンを通して、神の光があなたを、そしてあなたの周りの人々を照らしますように。クリスマスの主が来られる道を、私たちの従順が整えますように。ハレルヤ!
2025.12.7 小さな泉の恵み
~小泉町キリスト教会能登支援の取り組み~
前回10月にはいつもの企画に加え、プリン製作者の証とビンゴゲームを加えました。前回との変更点はプリンの蓋の上に御言葉を書いた可愛い紙を置いたことです。またテーブルの中央に置かれたお花のアレンジメントにも御言葉のメッセージカードを付け、手作りランチョンマットにもこれまで同様、御言葉が書かれていました。また、会場のコーナーを利用して子供達向けの既読本も置きました。今後はギデオン聖書も置かれる予定です。今回の働きも全体的に素晴らしいものがありましたが、特に素晴らしかったことは、話し合いの場を持ち、御言葉が働いてくださることを信じ、御言葉に触れる機会を多く作ったことです。また過去の苦しい経験が現在の働きと祝福に繋がっているんだという証を能登のみなさんが真剣に聴いて下さったことです。被災された方々も大切な物を失ったことにより、長年保ち続けてきた固定観念・価値観が崩れたのかもしれません。今後はさらに御言葉の種が蒔かれ、それらが芽吹き、近隣の教会と連携して、信仰へと導かれ、柳田地区がクリスチャンの多い地区へと変わっていくことを信じたいと思います。
私達の活動は精神的な寛ぎと楽しさ、おいしい食べ物、飲み物の提供という面で非常に成功している事例だと思いますが、こうした傾向は最初から作り出せたものではなく、軌道修正していった結果得られたもので、軌道修正する柔軟な姿勢と、皆が知恵と労力を出し合い、協力していった結果、成し得たものだと思います。
最後に物資両面からのご支援を頂き、心より感謝申し上げます。
S.H.姉
2025年12月2日火曜日
2025.11.30 牧師室便り
「 アドベントの光を灯そう 」
先週、「ヒップクラテスの盲点」という映画を拝見しました。コロナ禍で世界が大きな不安と混乱に包まれる中、mRNAワクチンが登場しました。多くの国が「これで危機を越えられる」と期待し、接種は社会全体で急速に進められました。しかし、映画はその状況の影で抱かれていた疑問や、薬害被害に遭われ苦しむ人々の涙と訴えに焦点を当てていました。
ワクチンについては、今もさまざまな意見があります。重症化を防ぎ多くの人を守ったという声がある一方、副反応や体調不良に苦しみ、原因がはっきりしないまま悩み続けている人々の声も多くあります。映画では、ワクチンの危険性や副作用による薬害被害を訴える医師たち、そして被害者とその家族の涙と叫び声が、重く描かれていました。
映画が語ったことのすべてが事実かどうかは、慎重に判断する必要があるでしょう。しかし、何より大切なのは、ワクチンのために多くの人々が副作用に苦しみ、今もなお涙している現実に日本政府や医療関係の責任のある人たちは真摯に耳を傾けつつ、常に一人の被害者も出さないための最善の対策を取らなければならないでしょう。実に、科学も、社会も、そして今大きな話題となっているAIも、決して完璧ではありません。私たちは、誰かの痛みと犠牲が置き去りにされることのない社会であってほしいと心から願います。
今、私たちはアドベントの季節を迎えています。アドベントは、闇の中に光として来られた救い主を待ち望む時です。世の中が揺れ、情報があふれ混沌としている中であっても、愛なる神は必ず私たちのもとに真の光を届けてくださいます。その光は、暗闇の中で涙する心に、また傷ついた心にそっと寄り添う優しい光です。
願わくは、不安と希望が入り混じるこの時代の中で、アドベントのろうそくのように、世界中の人々に小さくても確かな救い主の光を灯す、小泉町教会の働きと神の家族一人ひとりでありますように。シャローム。
